2020年1月30日

たちはだかる岩

梅の開花のみならず、加尾の庭という場所で一年を通し四季折々の樹々の成長やうつろい、

雑草の勢いを知り、天候を知る。

二年目にして、同じように芽吹きのタイミングや巡るものを魅せてもらいながら

自然から教わる叡智がとめどなく書き記せようのないくらいに次元が早く尊く、

深いものだと知ることができました。(うまくかけないよう)

絶えずわたしが重ねるのは、その景色の中の「呼吸」「存在」と

お客様の状態です。

にわとりの、卵が先か、にわとりが先か、、じゃないけれど

梅も季節の花たちも、なぜ?今ってわかるのだろう。(咲くときがね。。。。)

それは、直感で、このお庭のエステにお越しになられるお客様のご様子とそっくりです。

もちろん、梅は、口が無いから、不平不満はゆわないけれど、

土壌や事象が天変地異の影響を受けていれば、梅の花も奇形になるし、今年は不作です~なんて

いう結果が残るだけ。だとしても、そこに在るものは、旬ごとし、わたしはここで咲くものだって

知っている。誰に教わることもなくという叡智。その結果どんな形や不作になろうとも、梅は梅。

(鯛は腐っても鯛の様に。)

 

最近、想うんです。

 

自分の人生という道には幾多の困難もしあわせも、たちはだかる。たちはだかる岩は小さいものから

大きいものまで備わっている。ひとつ、クリアできても、またひとつ、、、、と。

私たちは「感情」こそ 感じきるために産まれているから、悲観したり感嘆したり忙しい。

そこで、これまで本当に何度も何度も、教わってきたし、チャレンジしてきたけれど

俯瞰することの大切をかみしめる。

俯瞰してみることの大切さは、

その「たちはだかる岩」は無くならないということを徹底的に知ること

だと想う。

いつも元気なひと。いつも笑顔だけの人。いつもしあわせなひと。っていない。その逆もいない。

いろんな状態のときがある。

それが当たり前。

もちろん、人を癒すお手伝いをしているわたしもそうだ。

だから、努めて、どちらか一方の状態になるようにストイックに自分を追い詰めたり

「岩」をなくそうと、アイテムを探し続けたり、誰かに「その岩」をどけてもらおうたって

それはとことん出来ないことを知るってこと。

徹底的に知ってしまうことは

自分の人生というでこぼこ道を、歩んでいくうえで、迷いがなくなる。

堂々と胸をはって歩けることに悩みがなくなる。

他に(外側に)岩を障害物だと捉え、障害物を排除することにやっきになって消耗する自分とおさらばできる。

最初からそんな道(岩はある)であることを知る。

それは、道そのものを直視することで、たくさん方法がみつかる。でもほとんどの人が

その方法よりも、でこぼこ道にある岩を「障害」だと捉えて「排除」しようとする「方法」を

探し続けてしまう。

みたまんま を 見て

さてどう歩くかなって 考えるほうがよっぽど早い。余計な回り道をしない。

その考えは知恵をしぼるから、自分の叡智の財産(自信)となるし、たのしい。

 

ありのままを見たり、知ることは、とんでもなく勇気がいるし、その状況がどうであれ

これが今のわたしだって、じぶんを受け入れることができることは最強なんだけど

どうしたってそれは一生をかけて、あーでもないこーでもないって

やっていく、ひとやま、ひとやま、の先にあるものなのかもしれない。

それでも、ここ加尾の庭を訪れるお客様の

お仕事や年齢やステイタスにかかわらず

共通していること

は、どんな状態であれ、じぶんという生き物から目をそらさない

じぶんと向き合う覚悟のできた方々ばかりなのです。

わたしは、そのお覚悟があられる

みなさまの、日々ひたむきに自分という生き物を対峙していらっしゃるそのお身体

お心をしっかり磨く(いたわる)お手伝いを共にしています。

だからこそのおもてなし

たのしみでなりません。

Meeta

 

 

 

 


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